適応障害の引きこもり人生

引きこもりの現状や葛藤、そして生きがいなど書いていきたいと思っています。よろしくお願いいたします。

適応障害の引きこもりが、お墓参りで気付いたこと

どうもchomeyukiです。

今回は適応障害で引きこもりの私が、お墓参りで気付いたことです。

今の私は会社での人間関係で病み、2年以上も休職、かつ引きこもり状態です。会社を辞めるか復職するか選択を迫られている余裕のない人間です。
死にたい。楽になりたい。皆、病めばいい。宝くじ当たらないかな。
そんなことばかり考えている自分勝手な人間です。

久々に上司に会えば、もうしないと思っていた作り笑いをぎこちないながらも、当たり前のようにしていた人間です。


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親に世話になっておきながら冷たい言葉を発するような人間です。

私は自分のことが大嫌いです。

 

そんな私ですが、親に「今から一緒に墓参りに行かないか?」と誘われました。

いつもなら断っていた私ですが、なぜかその時は行くことにしました。

 

墓参りの思い出なんてお菓子を食べれるくらいの行事で、正直何のために行っているのかさえ不思議で、意味も分かりませんでした。

 

お墓の前に立ち線香をあげ、手を合わせ

伝えたことは

「安らかにお眠り下さい。」

心の中で願いました。

 

何が正解かも分かりません。

何の意味があるのかも分かりません。

何か宗教に入っているわけでもありません。

「安らかにお眠り下さい。」自体間違いだとネットで見たことがあります。

でも今はマナーなどどうでもいいのです。


こんな私が、まだ他の人に思いやりを持っていることが不思議なのです。

亡くなった方を人と捉えるのか分かりませんが。

 

 

楽に死ねますように。皆、不幸になりますように。今の状況が変わりますように。良いことがありますように。宝くじが当たりますように。

そんなことばかり願っていた自分勝手な私ですが、

亡くなった人には少しでも穏やかであって欲しいと願っていました。

家に帰ってきて何故か涙が出てきました。

 

 

引きこもりの生活をしていても選択に迫られることが多々あります。

何一つ正解かは分かりません。

ただ一つだけ、今日、墓参りに行って良かったと思いました。

 

そして適応障害で引きこもりになっても、まだ周囲にいてくれる人くらいには、思いやりをもって接したいと強く思いました。

もしもそれが出来たのなら、少しは自分のことが好きになれるのではと気付かされました。