適応障害の引きこもり人生

引きこもりの現状や葛藤、そして生きがいなど書いていきたいと思っています。よろしくお願いいたします。

人に好かれたい、人に嫌われたくない、という生き方が破綻したこと

どうもchomeyukiです。

 

今回は人に好かれたい、人に嫌われたくない、という生き方が破綻したことについてです。

 

私は、人に好かれたい、人に嫌われたくないという生き方をずっとしてきました。

作り笑いで愛想を振り撒き、馬鹿にされても笑って誤魔化していました。

高校生の時には、くっきりとほうれい線が付くほどに周りに笑顔を振り撒いていました。

 

そんな生き方をしてきた私ですが、今は適応障害になり、引きこもりになり、笑顔を見せることが出来なくなりました。

 

今でも、働いていた時の、辛い時のことを思い出します。

時に、夢に出てくることもあります。

その度にストレスを感じます。

特に思い出すのは、打ち合わせの場面です。

 

打ち合わせで、私のミスで上司が怒られた時、どんなに人に見られようが手を挙げ、私のミスですと言えました。

そのミスのメインは他にいましたが、手を挙げたのは私だけでした。

その場で謝罪しました。

正義感でも何でもない、当たり前の行為。。

でも私は、どこかで、上司に嫌われたくなくて、好かれたくて、手を挙げないといけない、という私がいました。

 

一方、別の打ち合わせで、人が大勢いる中、ある先輩に何度も先輩のミスを押し付けられ、怒られました。

私のミスではないとは言えなかった。

手を挙げる勇気がありませんでした。

後で何を言われるか分からないし、先輩に嫌われたくなくて。。

手を挙げてはいけないという私がいました。

その結果、先輩からのミスの押し付けは繰り返し行われました。

 

そんなだから、今みたいに、怖くて会社に行けなくなり、家に引きこもり、全ての連絡をたち、孤独になりました。

私の生き方は破綻しました。

いつも上手くできていた作り笑いが、出来なくなりました。

 

自分の生き方を持っている人が羨ましくもあり、妬ましくもあります。

 

もしも私と同じような生き方をして、まだ間に合うのであれば、時には嫌われる勇気も必要だと分かってもらえたら幸いです。

 

・・・でも多くの人がそのことを知っているのかもしれません。

私は生き方を変えることが出来ませんでした。。

 

また、自分の生き方が出来ている人は、それはそれで辛さや苦悩があると思います。

私は「人に好かれたい、人に嫌われたくないという生き方」の方が簡単だと思い、そちらを選択したのかもしれません。

 

それでも機会があれば、他人の目ばかり気にするのではなく、時には嫌われても、自分の意志で手を挙げれる人になりたいと思っています。